大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)64号 判決

第一審原告

花野太郎(仮名)

右訴訟代理人

寺井俊正

外一名

第一審被告

株式会社

東奥日報社

右訴訟代理人

葛西千代治

外一名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

第一審原告の当審における予備的請求を棄却する。

控訴費用は全部第一審原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一第一審被告は、日刊新聞「東奥日報」を編輯、印刷並びに発行する新聞社であるところ、昭和四一年一一月二四日付東奥日報第二六八三七号朝刊紙上の九頁六段目から九段目までに「悪徳司法書士を逮捕青森暴力団と組んで詐欺」という見出しの下に、別紙(二)記載の記事(以下本件記事という。)を掲載報道したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、本件記事は第一審被告の被用者である取材記者編集発行担当者において、いずれも第一審被告の業務の執行として取材および編集したものを掲載発行したものであることが認められる。

二第一審原告は、本件記事のうち(1)見出しに「悪徳司法書士暴力団と組んで詐欺」と特筆大書し、あたかも第一審原告が悪徳司法書士たるかの如き印象を与え、その記事において何ら敬称を用いていないこと、(2)「沢野と共謀して現金をだましとつていた」と掲載したのは読者に第一審原告が不正なる金を取得しいるかの如き印象を与え、殊更誇張して記載し、もつて第一審原告の信用を極度に失墜せしめたこと、(3)「自宅事務所で三百五十万円で抵当に入つている沢野の山林……売却するともちかけ」と記載し、よつて原告があたかも欺罔行為をした極悪非道の破廉恥漢であるかの印象を故意に与えんとしたこと、(4)「中岡は元検察事務官で昭和三十一年ごろより前青地検庁舎近くで司法書士の事務所を開いていた」との記載は犯罪事実と関係のないもので、これを併記することにより読者に対し第一審原告の人格を故意に曲解、傷つけんとしたこと、以上いずれも言論報道の自由の限界を超え第一審原告の名誉を毀損する違法なものであると主張するので審究する。

民法上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、もつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立せず、さらにもし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決参照)。司法書士は他人の嘱託を受けて裁判所、検察庁および法務局に提出する書類を作成し、登記又は供託に関する手続を代つてすることを業とする者であることと本件記事の内容とに鑑みれば、本件記事は公益のためにするものであつたと認め得る。

ところで、第一審原告が本件記事に掲載公表されているような、中岡は沢野と共謀、さる三十九年七月二十七日、自宅事務所で三百五十万円で抵当にはいつている沢野の山林六百八十平方メートルを青森市浦町、自動車修理業Aさん(四三)に売却するともちかけ、百四十万円の約束手形をだまし取つた。」という具体的内容の詐欺行為をしたことについては、本件に顕われた全証拠によつてもこれを認めることができない。

そこで、第一審被告において右掲載事実が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたかどうかについて判断する。

〈証拠〉を合せ考えると、青森県警察本部捜査二課と青森警察署は特捜班を編成して暴力団員沢野喜一を逮捕取り調べ中、第一審原告は昭和四一年一一月二二日に本件記事掲記のように沢野喜一と共謀して沢野所有の山林約六八〇平方メートルが既に抵当権が設定されているのにこれを秘して第三者に売り渡し、もつて一四〇万円の約束手形を騙取したという詐欺被疑事実により逮捕され青森警察署に留置されたこと、翌二三日に一部の新聞記者が右事実を関知し、右事件の捜査担当者である同署刑事官名古屋豊三郎に訊したことから、同刑事官は上司の承諾を得たうえ、同署刑事官室に第一審被告の警察係担当記者である海老名聖三外数名の新聞記者を集め、前記のような被疑事実により第一審原告を逮捕した旨を発表したこと、海老名記者は右発表に係る事実を真実と考え右公表事実を基に本件記事の原稿を作成し直ちにこれを第一審被告の報道本部デスクに送付したこと、原稿の送付を受けたデスクはこれを編集局整理部に送稿したところ、整理部担当記者は、前記のような見出しを付し、紙面における取扱い方法を決め、本件記事として紙面に掲載するに至つたこと、名古屋刑事官は前記発表に際し、第一審原告が被疑事実を否認していたにもかかわらず、集つた各新聞社の新聞記者に対しこのことを説明しなかつたこと、海老名記者が取材した当時、第一審原告は逮捕中のため同記者において直接第一審原告に対し前記容疑の事実を確認し、同人の弁解を聞くことが期待できない状況にあつたこと、第一審原告は前記被疑事件についてその後勾留されて青森地方検察庁において取調べを受けたが、結局同庁検察官は昭和四二年五月二五日第一審原告を嫌疑不十分で不起訴処分にしたこと、以上の各事実を認めるに足り、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定した事実関係によれば、本件記事のうち見出しの部分を除くその他の本文記事は、海老名記者が青森警察署刑事官名古屋豊三郎の公表事実を取材し、これを前提として掲記されたものであつて、その内容において特に「調べによると」と前置きし、第一審原告が沢野と共謀して約束手形を詐取したという事実を掲載しているのであり、これを虚心に見れば、捜査段階たる警察において第一審原告が右のような詐欺被疑事件の嫌疑をかけられ逮捕されたとの事実を掲載報道しているものと読み取ることができる。右本文記事の記載内容自体から、第一審被告の各被用者が第一審原告の名誉、信用を毀損する悪意をもつて特にこれを取材、編集、掲載したものとは認められないし、このような意図の下にこれを掲載したものであることを認めるに足る証拠はない。しかも、その取材源が事件の捜査を担当した警察職員という社会的にも信頼すべき筋とせられるものである以上、第一審被告の被用者たる取材記者、編集、発行担当者らにおいて、前記発表に係る事実を真実と考えても決して無理からぬことであり、該事実を真実なりと信じたことについて相当の理由があるものと解するのが相当である。

尤も、本件記事には第一審原告の氏名に敬称を用いていないこと、および第一審原告の経歴が掲載されていることは明らかであるけれども、〈証拠〉によると、新聞記事においては、通常被疑者に対しては敬称が省略されていることが認められ、また、経歴附記の点は前記本文記事の記載内容からみて相当性を欠くものとは考えられないから、本件記事において第一審原告の氏名に敬称を用いなかつたこと、およびその経歴を掲記したことをもつて読者に対しことさらに第一審原告の人格を曲解、傷つけんとしたものであると解することができない。また、〈証拠〉によると、本件記事は朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、河北新報、デイリー東北などの他社の同一事項に関する新聞記事の記載と比較して、第一審原告が逮捕されるに至る経過が附記され、かつ「沢野と共謀して現金をだましとつていた司法書士を逮捕した」との他社の記事にない事項が記載されていることが認められ、右掲載の記事だけを抽出すると第一審原告が右のような現金を詐取したという真実に反する事実を断定しているかのような印象を与えるけれども、これを前後の脈らくを通じて本件記事全体を素直に読めば、多少措辞穏当を欠くが、前記発表にかかる事項を敷衍記述したものと解するのが相当である。そうすると本件記事のうち見出しを除いた本文記事の取材、編集、発行について、第一審被告の各被用者らには故意、過失がなかつたものというべきである。

次に、〈証拠〉によれば、本件記事の見出しに「悪徳司法書士逮捕青森暴力団と組んで詐欺」なる記載を用いたのは、海老名記者より送稿を受けた第一審被告の整理部記者において、逮捕された第一審原告が司法書士の業を営む者であり、かつその被疑事実が暴力団との関連があることなど、右原稿の全文から右のような見出しを付けることに決定したことによるものであることが認め得るところ、右見出し自体は、単なる客観的事実の掲載に止まらず、第一審原告が悪徳な司法書士であるとの主観的価値判断を含むものであることが明らかであり、これと本文の記事と相俟つて読者に対し、第一審原告が真実青森暴力団と組んで詐欺を敢行した悪徳司法書士と評価すべきであるとの強い印象を与えかねないものであることは明らかであり、その言辞いささか穏当を欠き興味本位に堕したものとのそしりを免れない。ことに本件記事が第一審原告が逮捕された二日後に掲載されたものであることに鑑みるときは、前記見出部分は客観的事実の報道の限界を超えて第一審原告の人格的価値判断にまで言及したものとして、第一審原告の名誉を毀損するものという外ない。そして、前記整理部記者が海老名記者の取材送稿にかかる記事原稿の内容から第一審原告を悪徳なる司法書士なりと確信断定するに至つたことについては未だこれを首肯させるに足りる相当な理由があつたことを認めるに足る証拠はない。右送稿内容から「悪徳」という主観的価値判断を附加掲載するためには、さらに真実の把握に慎重を期すべきであり、記事の性質上その余裕を許さぬほど緊急を要するものであるとは考えられない。徒つて、整理部記者が送稿されてきた記事原稿の内容から悪徳司法書士と確信したとすれば、聊か軽率の譏りを免れず、いずれしても、かく信ずるにつき首肯し得べき相当の理由があつたとは認められない。そうすると、第一審被告は被用者たる整理部記者の過失により第一審原告の被つた損害を賠償する義務があるというべきである。

よって、第一審原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料額について按ずるに、第一審被告の発行に係る東奥日報紙が、青森県内においては、最大の発行部数を有し、かつ、創刊も古く最も権威ありとせられていること、本件記事の掲載された東奥日報紙が約一五万部前後発行頒布されたこと、および本件記事が右朝刊紙上九頁六段目から九段目までの記事欄に掲載されたことは、当事者間に争いがなく、右各事実に本件記事が主として第一審原告の被疑事実について報道したものであつて、前記の見出しの点も記事全体の趣旨からみればその占める比重は必ずしも大でないこと等の諸般の事情を考慮すれば、第一審原告の本件記事の見出しによる精神的苦痛は金一〇万円をもつて慰藉され得るものと認めるのが相当である。

そうすると、第一審被告は第一審原告に対し、慰藉料として金一〇万円とこれに対する本件不法行為の後である昭和四三年六月一三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることは明らかである。

なお、第一審原告は慰藉料の外に謝罪広告の掲載をも請求しているけれども、上記認定の名誉毀損の程度、慰藉料認定額等に鑑み、その必要がないものと認められる。

三第一審原告は、本件記事が東奥日報紙上に掲載報道されたことによつて財産的損害を被つたと主張するので判断するに、〈証拠〉を総合すると、第一審原告は、昭和三一年以降司法書士の業務に携わるかたわら昭和三七年一一月から有限会社青伸の、昭和四〇年一〇月から文化建設株式会社の各代表取締役に就任しその経営にあたつてきたこと、第一審原告の有限会社青伸の出資持分が全体の九〇パーセント、文化建設株式会社の持株式が全株式の八〇パーセントであること、第一審原告が前記容疑で逮捕され休業し、翌四二年一月下旬に至つて業務を再開したが、右のように逮捕勾留される前に比し業務再開後の営業収入が減少したこと、および前記両会社は第一審原告が逮捕された後、従業員全員が退職した等の理由により休業していることが認められる。

第一審原告は、司法書士の業務によつて得る純利益が昭和四〇年以前に比し昭和四二年、同四三年の二年間だけで少くとも合計金六〇八万円減収となつたが、右損害はすべて本件記事が掲載報道されたことによるものである旨主張し、〈証拠〉中には右主張に副う部分が存するけれども、右各供述部分はいずれもにわかには措信し難い。〈証拠〉によれば、朝日新聞、毎日新聞、河北新報、デイリー東北の四社は、いずれも昭和四一年一一月二四日付紙上において、読売新聞は同月二六日付紙上において、「抵当にはいつた山林を売る司法書士を逮捕」、「司法書士が不動産詐欺青森署で逮捕」、「士地詐欺で三人逮捕」、「共犯者一人を逮捕、土地詐欺の沢野に余罪」、「共犯の司法書士逮捕青森の土地詐欺」などの見出の下に、第一審原告の逮捕とその被疑事実を掲載報道したことが認められ、右事実を考慮すれば本件記事のうち前記見出しの掲載が、顧客の減少等第一審原告の司法書士業務に全く影響を及ぼさなかつたとはいえないにしても、第一審原告の主張する収益減がすべて本件記事の掲載報道のみによるものと認めることができないし、また、本件全証拠によるも右収益減のうちいくばくの金額が本件記事に起因するものかを算定するに足りる資料はない。

また、第一審原告は、本件記事が掲載報道されたため有限会社青伸および文化建設株式会社が休業の仕儀になつた旨主張し、〈これにそう証拠もあるがそれら〉はいずれもにわかには措信できないし、他に第一審原告の右主張事実を証明するに足りる証拠はない。さらに、仮に本件記事の掲載により前記両会社が休業する仕儀となり、そのため右両会社が得べかりし利益を失つたと仮定しても、特段の事情の認められない本件において、第一審原告が、単に右両会社の代表取締役であり、かつその大半の出資持分または株式を所有しているというだけの理由で、第一審被告に対し、右両会社の被つた損害の賠償を、個人の資格で請求し得る法律上の権利を有すると認めることができない。

そうすると、第一審原告が第一審被告に対し、財産的損害の賠償を求める請求は、いずれも理由がないものといわなければならない。

四以上説示したところによれば、第一審原告の第一審被告に対する第一次請求のうち慰藉料金一〇万円とこれに対する昭和四三年六月一三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余の慰藉料請求および謝罪広告の掲載を求める請求はいずれも失当として棄却すべきである。そうすると、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて、第一審原告および第一審被告の本件各控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項に従い、いずれもこれを棄却すべきである。また、第一審原告が当審において予備的に追加した財産的損害賠償の請求は理由がないからこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条、第九〇条を各適用して、主文のとおり判決する。

(兼築義春 井田友吉 桜井敏雄)

別紙(一)《省略》

別紙(二)

悪徳司法書士を逮捕

青森暴力団と組んで詐欺

県警捜査二課、青森署はさる七日、詐欺の疑いで逮捕した青森市浅虫、奥州梅家一家鎌田分家二代目親分、前科六犯沢野喜一(四二)の余罪を追及していたが二十二日、沢野と共謀して現金をだまし取つていた司法書士を逮捕した。

県警は暴力団壊滅のため不法資金摘発に全力を注いでおり、さらに拡大するもよう。

同署は二十二日夜、青森市長島司法書士花野太郎〔仮名。以下同じ〕(四一)を詐欺の疑いで逮捕、事務所を家宅捜査し関係書類多数を押収した。調べによると、花野は沢野と共謀、さる三十九年七月二十七日、自宅事務所で三百五十万円で抵当にはいつている沢野の山林六百八十平方メートルを青森市浦町、自動車修理業Aさん(四三)に売却するともちかけ、百四十万円の約束手形をだまし取つたもの。

同署は沢野を逮捕と同時に徹底的に余罪を追及していたが、暴力団の詐欺事件に司法書士がからんでいたことを重視、県警捜査二課と特捜班を編成してきびしく取り調べていた。

花野は元検察庁事務官で三十一年ごろから前青森地検庁舎近くで司法書士の事務所を開いていた。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例